SPECIAL スペシャルWEB座談会
NHO “COVID-19研修事業”
概要
NHO NEW
WAVEとは、国立病院機構の各病院の初期研修や専門研修のプログラムの紹介等をする初期研修医、専攻医など若手医師のための情報誌です。
本誌の2021年秋号の企画として、国立病院機構の新型コロナ対策の一環である「新型コロナウイルス感染症等対応研修事業」について特集しました。特集では、当該事業を遂行する委員会のメンバーによるWEB座談会を実施し、各メンバーの新型コロナ対応で得た知見について意見交換など行いました。座談会を通して、感染症対応で得た国立病院機構の経験や知見について、広く情報を共有していくことの重要性を再認識し、改めて本事業の意義について再認識した座談会となりました。
本座談会の模様について、以下のとおりご紹介いたします。
- 本WEB座談会は、2021年7月末に実施しております。
『COVID-19研修事業』の目的
NHOの知見と知識を広く地域へ還元する
進行:NHO本部審議役 岡田千春(以降、進行:岡田)… まずは長谷川先生(名古屋医療センター院長)にNHO『COVID-19研修事業』の概要と目的などについてお聞きしたいと思います。
名古屋医療センター 院長 長谷川好規(以降、長谷川)…
NHOグループではCOVID-19の診療や感染症対策にワンチームとしていち早く取り組み、全国各地で非常に重要な役割を果たしてきました。
『COVID-19研修事業』は、NHOグループがこれまでCOVID-19への対応で蓄積してきた知見や技術を、各地域の医療機関やCOVID-19診療に関わる人たち、地域住民など、広く世のなかに還元し、適切な感染防止対策の実現を目指すものです。
COVID-19に対するNHOのこれまでの取り組みは国からも高く評価されており、国の強い要請もあって『COVID-19研修事業』がスタートしました。
進行:岡田… NHOに蓄積されたCOVID-19の知見や知識を還元していくために、どのような事業展開をお考えでしょうか。
長谷川…
各地域の実情に合わせて、他の医療機関、訪問看護ステーション、介護施設・障害福祉事業所、地域包括支援センター、さらに自治体・救急・消防・警察、そして地域住民などに対して、NHOの知見や知識をどのように共有していくのかは大きなテーマです。
事業展開として大きく考えているのが、Webを活用した「e-ラーニング」や「動画コンテンツ」、市民公開講座のWeb版をイメージした「オンラインセミナー」などのコンテンツをNHOで整備し、全国でいろんな方々が利用できるような汎用性のある質の高い教育資材の提供です。
さらに、私たち自らが地域に出向き、集合研修や出張講座を実施したり、個別に施設を訪問して感染症対策を支援をするなど、それぞれの地域、施設の実情に合わせた実践的な講義や感染症対策の研修・教育プログラムを提供していきたいと考えています。
また、『COVID-19研修事業』を展開していくことは、感染症対策におけるNHO全体の知識と技術のレベルアップにも大きく貢献するものだと思っています。
感染症対策で重要なこと
感染症対策の前進には、正しい情報の共有が不可欠
進行:岡田… 谷口先生(三重病院 院長)には、今後のCOVID-19や新興感染症対策におけるポイントなどについてお聞きしたいと思います。
三重病院 院長 谷口清州(以降、谷口)…
私たちはこれまでにもCOVID-19感染症対策の講習会などを地域で実施してきましたが、そこで感じたことは感染症に関する正確な情報を全ての人々と共有できなければ、感染症対策は上手くいかないということです。
COVID-19発生当初はさまざまな情報が錯綜し、日本社会に混乱を招きました。現在わかっているエビデンスベースのはっきりした正しい情報や、わかっていないこともしっかり共有することで、初めて有効な議論ができ、感染症対策が前に進むのです。現在は、これまで対峙していた従来株と性質の異なるデルタ株が広がっていますが、アップデートされた正しい情報をみんなで共有していかないと、今後、有効な感染症対策は進んでいかないと思います。
また、入院患者さんへの面会制限や面会禁止など、各病院によって対応が変わってくると思いますが、そういったこともみんなで共有しながら議論ができると、より最善、最適な感染症対策に結びついていくのではと感じています。
NHOネットワークだからこそできる、各地域の実情に合わせた
withコロナ時代の正しい感染症対策へ
NHO『COVID-19研修事業』とは、NHOグループの全国各病院で蓄積されたCOVID-19感染症に関する知見・経験などを活かし、地域の医療機関などと連携しながら、各地域の実情に合わせたウィズコロナ時代の正しい感染症対策に係わる研修、教育を実施していくものです。
今号の特集では、このプロジェクトを牽引する先生方を繋いでWeb対談を開催し、NHO『COVID-19研修事業』の目的や意義などについてお話を伺いました。
進行:岡田… これまで地域で講習会などを実施してこられて、地域からの要望や声にはどんなものがありましたか。
谷口… NHOとしての感染症対策のガイドラインをつくってほしいという声があります。みなさん、現在行っている感染症対策が正しいのかどうか、最善なものなのか、また、今後、新興感染症などが起きたときにどうすればいいのかなど、迷ったり悩んだりしているような状態が続いています。感染症対策の具体的で質の高い教育コンテンツをきちんとつくって、広く共有していくことが大切ですし、今回の『COVID-19研修事業』における重要な役割であると感じています。
研修アプローチについて
全ての人々が、正しい情報を正しく理解するために
進行:岡田… 髙橋先生(熊本医療センター 院長)には、『COVID-19研修事業』をどのようにして地域や住民にアプローチしていくのか、その方法などについてお聞きしたいと思います。
熊本医療センター 院長 髙橋毅(以降、髙橋)…
毎日、テレビは感染症関連のあふれんばかりの情報が流され、残念ながら誤った知識や無闇に不安を煽る情報も多々あります。それに惑わされないような正しい情報提供、正しい教育をいかにわかりやすく提供していくのかが大切です。
現在、高齢者にはワクチンがほぼ行き渡り、高齢者の感染や老健施設、介護施設などでのクラスターは抑えられてきていますが、引き続き高齢者に向けた啓発やクラスター対策をしておく必要は当然ありますし、現在、感染者数が増加している10代から40代の方々に感染症対策の正確な知識をもっていただくための有効なアプローチや教育をいかに提供していくのかが課題です。
そのためには、私たちが学校や職場に直接出向いて、出張講座を実施したり、あるいはNHOがつくったe-ラーニングをみていただいたり、それ以外の人々にも広く行き渡るようチラシやポスターなどを作成して配布するなど、全ての人々が正しい感染症対策を理解できるように、わかりやすく情報を伝えていくことが大切です。
NHOの職員であれば、ある程度の医学的知識をもっていますし、感染症の勉強会も実施しているため、地域に出向いて老人会や子供会などで充分、講演や研修ができると思っています。
進行:岡田… 医学的な知識のない一般住民の方々に正確な情報をわかりやすく伝えるためにはどのような工夫が必要でしょうか。
髙橋… あえて私はCOVID-19研修ではなく、“コロナ研修”という言い方をしていますが、医学知識がない方々に正確な情報をきちんと伝え、理解していただくためには、たとえば専門用語、英語、聞きなれないカタカナ語の羅列を使わないような、わかりやすい言葉で説明をする必要があります。小、中学生などにはイラストやマンガを使用するなどした配慮も必要でしょう。また、障がいのある方々にもわかるような、字幕スーパーや点字に対応したものも準備しなければならないですし、外国人の方々にもわかるよう、外国語による解説も必要だと思っています。
クラスター経験で得た知見
常に想定外に備えた、クライシスマネジメントが重要
進行:岡田… 森田先生(九州医療センター 院長)には実際にCOVID-19クラスターを経験したことで得た知見などについてお聞きしたいと思います。
九州医療センター 院長 森田茂樹(以降、森田)…
最初のクラスターは入院患者さんのPCR検査が一般的ではなかった時期に起きました。血液内科の病棟で4人部屋の患者さんに発熱があり、最初は状況的に合併症によるものだと思っていましたがCOVID-19感染による発熱であり、同部屋の入院患者さんに広まってしまいました。さらに患者さんを個室に移し、ネーザルハイフロー(高流量酸素療法)をする際、今度は処置を行っていた看護師さんに感染してしまいました。
次のクラスターはPCR検査を入院患者さん全員に実施していた状況でしたが、入院時に陰性だった患者さんが数日後に発熱し、PCR検査の結果、陽性と判明しました。精神科病棟の患者さんであったため、患者さん自身で行う感染対策が難しい状況もありクラスターが起こってしまいました。
当院は感染症指定病院として、これまで最大限の感染症対策を講じてきましたが、万全だと思っていた対策は決して万全ではなかったのです。実際にクラスターを経験して感じたことは、厚生労働省から派遣されてきたクラスター班の方々の第三者の客観的な目によってクラスター発生の詳細なメカニズムがわかるなど、感染症対策は外部の目が有効であるということ。そして、常に想定外の事態が起こったときにどう対応すべきかというクライシスマネジメントが非常に重要であることを痛感しました。
進行:岡田… クライシスマネジメントにおいて大切なことは何だとお考えでしょうか。
森田…
1回目のクラスターが発生した際、フォローアップの検査をすると想定外の陽性の患者さんが出てしまいました。当院では収容しきれず、しかもそれが夕方の時刻であったため、受け入れ先を探すのが非常に難しい危機的な状況でした。その際、最も有効で大きな助けとなったのが、リアルタイムに地域の感染症患者さんの入院数や受け入れ状況などがわかる情報共有システムでした。それによって、受け入れられる施設が直ぐに見つかり、顔が見える関係だったため電話でお願いをして患者さんを迅速に移動させることができました。
クライシスマネジメントで大切なのは情報共有であり、『COVID-19研修事業』は、まさに情報共有を実現していくパワフルなプロジェクトですし、クライシスマネジメントにおいて有効で便利な地域の各医療機関の状況がリアルタイムにわかる情報共有システムの普及促進にも非常に有効であると思っています。
NHOネットワークの強み
全国ネットワークのNHOだからこそできるプロジェクト
進行:岡田…
NHOでは全国の各病院がワンチームとして協力する体制が構築されており、COVID-19の流行初期から患者さんの受け入れや、医師、看護師の派遣、PCR検査やワクチン接種など、さまざまな取り組みを全国各地でいち早く行ってきました。
そのときどきに最善な正しい感染症対策を実施していくためには、NHOの全国各病院が蓄積してきたCOVID-19の知見や知識を各地域に上手く落とし込んで、正確な情報や知識を共有していくことが大切ですし、『COVID-19研修事業』で期待されていることだと感じています。
髙橋… そうですね。みなさんが仰るように、『COVID-19研修事業』では、一人でも多くの国民に感染症の正確な情報、知識を伝えることが最も大切なことであり、期待されていることだと思います。正確な情報、知識の共有がなければ、正しく有効な感染症対策はできません。NHOの各病院、職員全員でこの事業を成し遂げなければならないと思っています。
長谷川… NHOが『COVID-19研修事業』を行う大きなアドバンテージは、急性期からセーフティネット分野の医療まで、さまざまな形態の医療機関が全国各地で活躍しており、それぞれがCOVID-19感染症の治療や感染症対策の経験を積み、豊富な知見とノウハウをもっているということです。それをしっかり有効活用して、身近なところから地域と一緒になって感染症対策を考え、実施していくことが重要です。決して大きなイベントなどを開いてほしいのではなく、無理をせず、地域のなかで身近にできることから各病院、各職員が実施していただければと思っています。
谷口… 『COVID-19研修事業』で改めて認識、実感したのは、NHOは全国組織の強固なネットワークであるということです。NHO以外にも全国にネットワークを持つ医療機関はあるのですが、NHOのように国内最大級のネットワークがワンチームとなって、同じ目的、目標に向かって活動するような事例はあまりみかけません。NHOグループの全国の各病院が、それぞれの地域の核となって、地域の実情に合わせた感染症対策を構築していく。NHOだからこそできるプロジェクトだと感じています。
森田…
『COVID-19研修事業』は、医療のルールをつくる人たちに対しても提言できるような活動になればと思っています。たとえば病棟での感染拡大を防ぐのに個室は有効ですが、現状のルールでは個室病棟をつくることにインセンティブは全くありません。ルールが変わることで、より有効な対策ができることもあります。
また、全国にあるNHOの各病院には、光るものをもっている医療人がたくさんいます。そういう方々が別の切り口によって新たな感染症対策をどんどん提案していただき、ネットワークによって全国に広めていくことも大事ですし、NHOの組織を超えた医療機関や医療人とも積極的に手を組んで、もっと広いネットワークを構築していくことができればと思っています。
長谷川… そうですね。NHOの病院群が手を繋いで、みんなで新しい企画を提案していくなど、NHOのネットワークを活用することで本当にいろんなことができると思っています。
進行:岡田…
国も、NHOのネットワークで蓄積された知見、知識が、地域の実情に沿った感染症対策に有効であると期待しているからこそ、我々の『COVID-19研修事業』を強く要請し、支援したのだと思います。ワクチン接種が進みCOVID-19感染症が抑えられても、今後やってくる新興感染症に備えた対策や危機管理は絶対に必要です。
『COVID-19研修事業』を通して、NHOという全国地域のネットワークがどのように活動し、それが日本の医療にどのように貢献していくのか、一つの大きな試金石になるのではと思います。
若手医師へのメッセージ
NHOのネットワークを活用し、広い視野をもった医師へ
進行:岡田… これからの日本の医療を支える医学生や若手医師へメッセージをお願いします。
長谷川…
新興感染症のパンデミックは何年かのターンを置いて必ずやって来ます。この時期だけを過ぎれば終わるというものではなく、今後も必ず出現する新興感染症の危機に対して、どのようにマネジメントしていくのかを学べるのは今が最大のチャンスであり、積極的にCOVID-19感染症対策に関わってほしいですね。
また、人に教えることは、自ら学び、成長することでもあります。『COVID-19研修事業』を通して、地域へ向けた研修、教育を実施していくことは、自らも学び、大きな成長にも繋がるはずです。若い医師のみなさんには積極的にこのプロジェクトに参加していただき、自らメッセージを伝える役割を担い、知識を高めていってほしいと思います。
森田…
長谷川先生が仰ったように、今が新興感染症を学ぶ大きなチャンスなので、若い先生方には何らかの形でCOVID-19感染症対策にコミットしていただきたいですし、COVID-19によって得られたさまざまな記録を、今後の学習にしっかり活用してほしいと思います。
また、私自身、医師人生の多くを心臓外科医として過ごし、自分の技術、自分のチームだけを頼りに多くの手術を行ってきたのですが、今回のCOVID-19の診療に携わってきたことで、一人の医師、一つの病院ではできないことが多々あることを改めて痛感しました。COVID-19に積極的にコミットしていただき、他の医療機関や地域、行政と広く関り、医師としての広い視野を獲得してほしいと思います。
谷口…
医師としての視野を広げるのは、まさにNHOの全国ネットワークとしてできることですよね。NHOはネットワークを通して自由闊達な意見交換ができますし、国内留学もできます。COVID-19の感染拡大によって大阪で医療ひっ迫が起きたとき、全国のNHOの病院から看護師さんが派遣されましたが、派遣された看護師さん自身にとっても大きな学びを得たように、全国ネットワークの特性を活かすことで新たな知識やスキルをどんどん獲得できることはNHOの大きな魅力でしょう。
私は以前から国際的な医療活動などもしていますが、たとえばNHOのネットワークを活用して国際プロジェクトを経験していただくなど、NHOには医師としての視野を広げることができる素晴らしい教育、研修環境があると感じています。
髙橋…
感染症に対するNHOのさまざまな取り組みで得た知見や知識は、今後、新人研修などにおける非常に重要なプログラムとなり、これからの医療において欠かせないものになるでしょう。
NHOがこれまで築き上げてきた、全国の強固なネットワークシステムだからこそできることや、学べることは非常に多く、若い医師のみなさんにはNHOの強みである全国ネットワークを大いに活用し、これからの日本の医療を支える医師になってほしいと思います。
長谷川… そうですね。若い医師のみなさんが「〇〇の医療を勉強したい!」というときに、NHOのネットワークの各病院へどんどんオファーをし、積極的に学びに行ってほしいですよね。身分は同じNHOグループなのでしっかり保障され、安心して勉強に行くことができます。日本全国にあるNHOネットワークのなかで、若い医師のみなさんが学びたい医療のある病院へ行くなどして、どんどん交流を広げてほしいなと思います。
- この記事は2021年7月末に取材をしたものです。